デジタル国家エストニア~日本はエストニアに追いつけるか
1、菅首相は日本の生産性を向上させるためにデジタル庁の設置に本腰を入れているが、国をデジタル化することにおいて日本が模範とすべき国がある。それがエストニアである。バルト3国で最も北のフィンランド湾に面する国である。人口は日本の100分の1、面積は8分の1程度である。首都タリンは中世の面影を残し、旧市街は1997(平成9)年にユネスコの世界遺産に登録された、ヨーロッパ内でも貴重な街とし知られている。そのエストニアは、電子政府の進み具合を示す国連のランキングで2020(令和2)年に首位デンマーク、2位韓国についで3位にランクされており(日本は14位)、スイスの有力ビジネススクール「IMD」が発表した全63か国・地域中のデジタル競争力ランキングでは、日本が前年より順位を4つ落として27位であったのと対照的に、順位を29位から21位に上げている。このランキングは、政府や企業が変革に向けどれだけ積極的にデジタル技術を活用しているかを示したもので、知識・技術・将来への備えの3項目で評価されているが、日本はビッグデータの活用や企業の対応が大幅に遅れているものである(日本経済新聞 2020(令和2)年9月6日 きょうのことば、同年10月2日「デジタル競争力 日本27位に後退」スイスIMD調べ)。
2、エストニアのIT立国の始まりは1991(平成3)年8月のソ連からの独立にさかのぼる。それまでエストニアの歴史は外国による支配の繰り返しであった。欧州とロシアの境に位置する要衝の地であったことから、13世紀のデンマークの侵攻以来、ドイツやスウェーデン、ロシアによる支配が相次ぎ、1917(大正6)年のロシア革命後に一時独立したが、第2次世界大戦中にソ連に併合される苦難を経て、1991年に独立を果たしたものである。独立後は北大西洋条約機構(NATO)やEUにも加盟したが、特定国の影響下に入るのを避けるために取り組んだのがIT分野を育成して投資を呼び込むことで、幸いソ連時代の1960(昭和35)年代に創設されたサイバネティックス研究所のひとつが首都タリンにあり、優秀な技術者が残っていたことから、当時のラール首相の時から効率的な電子行政システム構築を目指したものである。
3、エストニアでは、2002(平成14)年から15歳以上の国民全員が電子認証・署名の機能を持つ電子IDカードを所有するようになり、このカードは行政サービスに欠かせないだけでなく、運天免許証、健康保険証なども兼ねており、民間オンラインサービスも利用できるものであった。しかし、2007(平成19)年にロシアからとみられる世界初の国家を対象としたサイバー攻撃を受け、政府や銀行のシステムが一時ダウンすることになった。これを契機にエストニアでは官民連携でセキュリティーを強化し、2008(平成20)年にはNATOのサイバー防衛協力センターが設立され、サーバーのバックアップとして同じNATOのルクセンブルクに「データ大使館」を開設している。国土を侵略された場合でも、国民の情報を国外に保管しておけば、電子上で国家行政を執り行え国家を残すことができるからである。
4.資源小国のエストニアが限られたヒトとカネで新生国家を築くために注目したのがブロックチェーンである。ブロックチェーンとは、ビットコインなどの仮想通貨(暗号資産)を支える技術として普及したが、インターネットでつながる複数のコンピューターで取引記録を共有し、分散して管理する仕組みであり、新たな記録が発生するとその情報がすべての参加者に送られて参加者すべての台帳が書き換えられるため、過去の記録の改ざんが事実上不可能となるのである。エストニアではセキュリティー企業ガードタイムが開発した技術が採用してリアルタイムでデータの改ざんを検知でき、誰がいつデータにアクセスしたかはすべて記録され、国民は自分のデータが閲覧された理由を照会でき、不正アクセスに対しては厳しい刑罰化が科されている。エストニアはこのブロックチェーンを活用して、領土という概念に縛られないデジタル国家を築き上げ、透明性の高い制度に魅せられて世界中から優秀な人材が集まり、次々と起業することで経済成長を遂げている。
5、エストニアの新興企業を調査・支援するスタートアップ・エストニアによると、エストニアには約550社のスタートアップ企業があり、これらの企業への投資額は2018(平成30)年が約3憶2800万ユーロ(約410億円)で5年前の10倍に拡大し、その9割が外国からとのことである。起業の活発さを示す総合起業活動指数は米英を上回り世界首位で、主だったものは通話ソフトのスカイプを筆頭に、国際送金を手掛ける英トランスファーワイズ、配車アプリのタクシファイ、世界中の人材と企業を結びつける求人サイトジョバティカルなどである(以上、2ないし5 日本経済新聞 2019(平成31)年4月3日 Disruption 断絶の先に 第1部 ブロックチェーンが変える未来① 国土破れてもデータあり、2020(令和2)年8月12日 中外時評 新常態、エストニアの教訓)。
6、さて、改めて顧みて日本はどうであろうか。日本では中央官庁や地方自治体ごとに巨大で複雑な「独自仕様」のコンピューター・システムとなっていることから、これらの構築、更新、メンテナンスにそれぞれ年間1兆円ずつの予算が投じられているが、システムの標準化によるデータのやり取りの簡易化や先端技術であるクラウド・コンピューティングの導入が遅れ、日本の政府は中央・地方とも世界屈指の「デジタル化後進国」となっている。経済産業研究所が2019(令和元)年12月に公表した「事業者目線での行政手続きコスト削減」によると、許認可の取得や各種の届け出といった行政手続きに日本の民間企業が費やしている時間は、国と都道府県を合わせて年間に12憶3278万時間で、金額に換算すると3兆1070億円に上るとのことである。ITベンチャーなどの新興企業が中心メンバーになっている新経済連盟の試算では、これらの労務手続きをすべてデジタル化することによって年間2000億円、さらに紙の帳簿を電子保存に切り替えることで1兆8000億円、しめて2兆円の生産性向上が見込めるという(ザ・ファクタVOL177 2021.1 デジタル政府の岩盤「ITゼネコン」)。早急に手を打たなければ、日本はエストニアに追いつくどころか、いつまでも「デジタル後進国」と言われ続けることを肝に銘ずべきである。